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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)3337号 判決

判   決

原告

中島徹

被告

大成建設株式会社

右代表者代表取締役

水嶋篤次

右訴訟代理人弁護士

杉下裕次郎

関根俊太郎

右当事者間の昭和三六年(ワ)第三、三三七号新株発行無効確認請求事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。」

事実

原告は、「被告会社が昭和三五年一二月二〇日山一証券株式会社に対して発行した新株三二〇万株の発行を無効とする。訴訟費用は被告会社の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

一原告は、昭和三六年三月二三日、訴外橋本義則より、被告会社が昭和二四年六月三日発行した同会社の一〇〇株券一枚を譲り受け、その頃名義書換を受けたものである。

二被告会社は、昭和三五年八月二五日の取締役会において、新株発行に関し、新株二、八八〇万株は株主に割当て、三二〇万株は公募により発行する旨定め、同年一一月二八日の取締役会において、公募の新株三二〇万株は一株金四〇〇円ですべて山一証券株式会社に買取引受けさせ、その払込期日を同年一二月二〇日とする旨決議し、同日新株三二〇万株を同証券会社に発行した。

三然し山一証券株式会社は被告会社の株主ではないから、同会社に新株引受権を付与するには、商法第二八〇条の二第二項により、株主総会における特別決議によることを要し、又同総会において取締役は、株主以外の者に新株引受権を与える理由を開示することを要する。然るに被告会社は、同条所定の手続をしなかつた。

四従つて山一証券株式会社に発行した新株三二〇万株は、商法第二八〇条の二第二項に違反する無効のものである。よつてこれが無効である旨の判決を求める。

尚被告会社は、原告の当事者適格を争うけれども、本件訴の原告としては、現在被告会社の株主であれば足り、その株式は、旧株でも新株でもよく、又その取得の日時を問わないものである。

と述べ、

被告訴訟代理人は、本案前の申立として「原告の請求を却下する、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として、

商法第二八〇条の二第二項に定める株主とは「新株発行前の株主」もしくは「当該発行新株の引受人」に限定して解釈すべきところ、原告は、本件新株発行後である昭和三六年三月二三日旧株を取得し、名義書換を経たものであるから、本件訴を提起する資格がない。

と述べ、

本案につき、主文同旨の判決を求め、答弁として、

一請求原因第一、二項及び第三項中商法第二八〇条の二第二項所定の手続をしなかつたことを認める。その余を争う。

二山一証券株式会社が本件新株を引受けたのは、新株発行の一方法たる所謂「買取引受」のためであるが、この場合証券会社は、自己が株主となる意思で新株を取得するのではなく、発行会社のために他に売却するために取得するものであつて、本件の場合においても、被告会社は昭和三五年一一月二八日山一証券株式会社と新株三二〇万株の買取引受契約を結んだが、この契約によれば、右証券会社は、申込期日(昭和三五年一二月一九日)以前である同月一四日以降一六日までに、株金四〇〇円(これは被告会社と右証券会社の引受価格と同じである。)で、すべて他に売却することが義務づけられ、又そのとおり実行したものである。従つて右証券会社の得た利益は、引受手数料一株につき九円のみであつて、たとえ市場において株価が騰貴しても、これを市場価格で売却して差額を利得することはできないし、事実そのようなことはなかつたのである。

これを要するに右証券会社は、被告会社の株式募集手続の事務代行機関にすぎないものであつて、商法第二八〇条の二第二項にいう引受人には該当しないものである。従つて同条所定の手続を経る必要はないものというべきである。

三仮に本件新株発行に同条の適用ありとしても、取引の安全のために、当該新株発行自体を無効とすべきではない。

四又新株発行の無効を主張するには、或る回の新株発行自体即ちその全体についての発行無効を主張すべきであつて、本件のごとく、公募分三二〇万株のみについて無効を主張することは許されない。

と述べた。

立証≪省略≫

理由

一被告は原告が本件新株発行後株主となつたことを理由に、原告の当事者適格を争うけれども、商法第二八〇条の一五第二項には「前項ノ訴ハ株主又ハ取締役ニ限リ之ヲ提起スルコトヲ得」と規定するのみで、新株発行当時の株主に限定しているものではないから、新株発行無効の訴の原告としては原則として現在(正確には訴提起後弁論終結まで)株主であることを要し又それで足るものと解すべきである。

もつとも現在株主であつてもその訴において主張する新株発行が無効となることによつて、自らの株主たる地位が否定されるような特殊の場合には当事者適格を認めるべきではないのではないかという問題があるが、それはともかく、本件のように新株の発行後旧株を取得して株主となつた(この事実は当事者間に争いがない。)原告は、本件訴の原告たる適格を失わないものと解するのほかはない。

二ところで原告は、被告会社が山一証券株式会社に新株引受権を与えるにつき、商法第二八〇条の二第二項の手続を履践しなかつたから、本件新株の発行は無効であると主張する。しかし、当裁判所は、右証券会社のいわゆる買取引受につき同条所定の手続を要するかどうかについてはしばらくこれをおき、その手続の不履行は新株発行の無効原因にはならないものと解する。もつとも、新株発行の無効原因については、これを比較的緩かに解する見解と極力制限しようとする考えとの対立があるが、商法第二八〇条の二第二項に規定するようなたんなる手続上の瑕疵をもつてその無効原因と解することは取引行為に準ずべき新株発行の効力を否定する契機を多くし、取引の安全を害することとなつて妥当ではない。このことは一旦新株が発行され、会社が拡大された規模で活動を開始し、発行された新株が転々流通している際に、それが無効とされては著しく取引の安全を害する結果となることからみて明らかであろう。もちろん、いかなる瑕疵があつても一旦新株が発行されて了えば、すべて無効原因にならないとするものでなく、定款に定められた会社が発行しうべき株式総数を超過して新株を発行したとか或は定款の定めのない種類の株式を発行したとかの、単なる手続上の瑕疵を超えた実体上の重大な瑕疵がある場合には、これを無効とするほかないであろうけれども、商法第二八〇条の二第二項の手続を履践しなかつたというような手続上の瑕疵は、会社(株主全体)の利益よりまず一般第三者の利益をはかるを至当とするのである。これにより株主が損害を受けたとか或は引受人が不公正な価格で引受けたという場合に、取締役が損害賠償責任を負い或は引受人が差額支払義務を負うということはおのずから別問題である。

三かように商法第二八〇条の二第二項違反は新株発行無効原因とはならないから、本件の場合同条所定の手続を要するか否かについて判断するまでもなく、本件請求は理由がない。よつて原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第八部

裁判長裁判官 長谷部 茂 吉

裁判官 伊 東 秀 郎

裁判官 近 藤 和 義

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